「メガネを作ろうと思ったら、希望のレンズが販売停止になっていた」——そんな事態が2026年春から実際に起き始めています。
大手メガネチェーンのJINSが屈折率1.76の極薄レンズの販売と保証交換を一時停止。
OWNDAYSや国内大手レンズメーカーの東海光学でも納期遅延が相次いでいます。
その根本にあるのは、現在進行中のナフサ不足です。
「メガネとナフサ? 関係あるの?」と思われた方も多いはず。
じつはプラスチック製のメガネレンズは、製造に石油化学由来の原料を必要としています。
そしてナフサ不足が深刻化するなか、とりわけ高屈折率の「薄型レンズ」の原料供給が細り始めているのです。
この記事では、なぜメガネレンズがナフサ不足の影響を受けるのか、今何が起きているのか、そして今すぐ取るべき対策を整理します。

メガネレンズはなぜナフサ不足の影響を受けるのか

現代のレンズはほぼすべてプラスチック製
かつてのメガネレンズはガラスが主流でしたが、現在は国内市場の9割以上がプラスチック製です。
プラスチックレンズはガラスに比べて軽く、割れにくく、染色もできるという利点があり、1970年代以降急速に普及しました。
プラスチックレンズの素材はいくつかの種類に分かれており、屈折率ごとに使われる材料が異なります。
| 屈折率 | 素材の種類 | 主な特徴 |
|---|---|---|
| 1.50(標準) | CR-39(ADC系) | 最も歴史が長い。光学特性が高い |
| 1.60〜1.67 | チオウレタン系(MR™)など | 薄く軽い。国内シェアが高い |
| 1.74 | チオウレタン系(高硫黄含有) | 超薄型。強度近視向け |
| 1.76 | 特殊有機硫黄化合物系 | 現時点で最高屈折率クラス |
このうち特に1.60以上の高屈折率レンズには、有機硫黄化合物が不可欠な原料として使われています。
そしてこの有機硫黄化合物の製造には、ナフサに近い有機溶剤が必要なのです。
高屈折率レンズの原料チェーンとナフサの関係
メガネレンズの製造に使われる「チオウレタン系」素材(三井化学の「MR™」シリーズが世界的に有名)は、ウレタン樹脂に硫黄を組み合わせた構造をもっています。
屈折率を高めるほど硫黄の含有量が増える設計になっており、この硫黄を含む有機化学品の合成に、石油由来の有機溶剤(ナフサに近い原料)が必要となります。
原料の流れを整理すると、おおよそ以下のようになります。
原油 → 精製 → ナフサ
↓
ナフサクラッカー(熱分解)
↓
エチレン・プロピレン・芳香族など
↓
有機溶剤・有機硫黄化合物の合成原料
↓
メガネレンズ用モノマー(MR™等)
↓
プラスチックレンズ
ナフサの供給が滞ると、この連鎖のどこかが詰まります。
特にメガネレンズ材料のような「特定の精密化学品」は、汎用プラスチックと異なり代替が効きにくく、影響が顕在化しやすい構造です。
堺化学工業とは何者か
今回のメガネ業界の危機において、業界関係者の注目を集めているのが堺化学工業という化学メーカーです。
同社はメガネレンズの屈折率向上に使われる有機硫黄化合物の国内大手メーカーです。
日経電子版の報道(2026年5月13日)によれば、堺化学工業は2026年3月期の決算説明会で、メガネレンズ材料を含む有機化学品の生産が「夏以降に止まる恐れがある」と明らかにしました。
原因は原料となる有機溶剤の調達が逼迫していることで、担当役員は「足元は影響ないが、7〜9月期以降に調達を切らさないよう全力を注いでいる」と説明しています。
こうした「川上」でのサプライチェーン不安が、JINS等の「川下」での販売停止・納期遅延として現れているのです。
2026年の今起きていること

JINS:屈折率1.76の極薄レンズを一時販売停止
2026年5月、JINSは屈折率1.76の薄型非球面レンズの販売と保証期間内の交換を一時停止しました。
同社はJINS公式サイト上に「レンズ原料メーカーの設備トラブルによる原料供給不足により、安定的な製品提供の見通しが立たなくなったため」と説明を掲載しています。
注目すべきは、JINSが単なる「入荷待ち」ではなく、保証交換(購入後の度数変更等)まで一時停止したことです。
これは、「数週間以内に正常化する」という見通しが立てられない、ということを意味しているとみられます。
なお、JINSの広報は中東情勢との直接の関係については「認識していない」と説明しています。
ただし、原料を供給する化学メーカー(堺化学工業)の側では、ナフサに近い有機溶剤の調達難を問題の背景として挙げており、最終的な川下での表れ方の違いはあっても、根本的な原料チェーンの問題という点では通底している可能性があります。
OWNDAYS・東海光学でも納期遅延
JINSだけでなく、OWNDAYSでも同タイプ(屈折率1.76)の薄型レンズの納期遅延が発生しています。
国内レンズメーカーの東海光学も同様の影響を受けているとされています。
複数のブランド・メーカーが同時に影響を受けているという事実は、問題がJINSやOWNDAYSといった個別チェーンの仕入れ問題ではなく、業界全体のサプライチェーンの問題であることを示しています。
状況まとめ(2026年5月14日時点)
| 関係企業 | 状況 |
|---|---|
| 堺化学工業 | 7〜9月期以降の生産停止リスクを示唆(2026年5月13日の決算説明会) |
| JINS | 屈折率1.76レンズの販売・保証交換を一時停止 |
| OWNDAYS | 屈折率1.76レンズの納期遅延 |
| 東海光学 | 高屈折率レンズの納期遅延 |
なぜ「極薄レンズ(1.76・1.74)」ばかりが狙い撃ちされるのか

高屈折率レンズほど特殊な原料に依存している
屈折率が高いレンズほど「硫黄の含有量が多い」という特性があります。
屈折率1.50のCR-39レンズは汎用的な化学品から作られますが、1.74や1.76のような超高屈折率レンズには、特定のメーカーが製造する専用の有機硫黄化合物が必要です。
この専用原料の生産企業が限られているため(事実上、堺化学工業のような少数の専門メーカーに集中している)、そこに調達トラブルが起きると、影響が一気に表面化します。
半導体不足の際に「特定の工場が止まったことで世界全体の生産が止まった」のと同様の構造です。
標準屈折率レンズ(1.60前後)への影響は現時点では限定的
現時点での情報を総合すると、屈折率1.60〜1.67程度の「標準的な薄型レンズ」はまだ大きな影響が出ていないとみられます。
これらの素材はより汎用性が高く、複数の調達先があるためです。
ただし、今後1.76の注文が1.67に集中することで、1.67の在庫にも影響が出る「二次的な遅延」が起きる可能性は否定できません。
| レンズの種類 | 屈折率 | 現状の調達リスク |
|---|---|---|
| 標準レンズ | 1.50(CR-39) | 低い(汎用素材) |
| 薄型レンズ | 1.60〜1.67 | 現時点では限定的 |
| 超薄型レンズ | 1.74 | リスクあり(同系素材) |
| 極薄レンズ | 1.76 | 高い(現在停止・遅延中) |
実際に困らないための対策

今すぐ新調を検討すべき人のチェックリスト
次のいずれかに当てはまる方は、早めにメガネ店に相談することを検討してください。
- 強度近視(強い度数)で1.74・1.76を使用している:予備メガネが手元にない場合、万が一紛失・破損したときに同じレンズで作れなくなるリスクがあります
- 今のメガネのレンズや度数に限界を感じている:新調を先延ばしにすると、在庫が減った後にさらに難しくなる可能性があります
- 保証交換の予定がある:JINSなど一部チェーンでは保証交換も停止中のため、早めに店舗に確認を
代替レンズの選び方
1.76が手に入らない場合、代替として1.74や1.67を検討する方が増えるとみられます。
レンズの厚みは変わりますが、度数が同じであれば視力矯正の効果は変わりません。
代替レンズを選ぶ際のポイントは以下の通りです。
- 1.74レンズ:1.76に近い薄さを維持できる。現時点ではまだ選べるケースが多い
- 1.67レンズ:1.74より少し厚みが増えるが、供給は現時点では比較的安定。強度近視の方には十分実用的
- フレーム選び:レンズが厚くなる場合、フレームのリム(縁)が太めのものを選ぶとレンズの厚みが目立ちにくい
なお、複数のメガネチェーンを訪問して在庫状況を確認するのが最も確実な方法です。
在庫状況は店舗・タイミングによって異なります。
コンタクトレンズへの影響も視野に
メガネレンズだけでなく、コンタクトレンズの原料にもナフサ由来の化学品が使われています。
特にシリコーンハイドロゲル系の高機能レンズは複合ポリマーで代替が難しく、今後の価格転嫁や供給リスクの観点から注意が必要とされています。
メガネの予備を早めに確保することで、コンタクトレンズの急な供給制限があった際のリスクヘッジにもなります。

今後の見通し
堺化学工業は「7〜9月期以降に調達を切らさないよう全力で対応中」としており、現時点では即座の全面停止ではありません。
ただし、化学原料の調達が正常化し、製品化を経て店頭在庫が回復するまでには、数ヶ月単位のタイムラグが生じることが一般的です。
仮に夏以降に生産が停止した場合、影響が消費者の手元に届くのは秋以降になる可能性があります。
現時点では「今すぐ全店で完全に在庫がなくなる」という事態は起きていませんが、高屈折率レンズを必要とする方は状況を注視しつつ、早めの行動が賢明と言えるでしょう。
政府は「全体として必要量は確保している」と繰り返し説明していますが、ナフサには国家備蓄制度がなく、民間在庫が薄い状況は続いています。
企業ごと・品種ごとに必要な溶剤の種類も異なるため、「量は確保されていても必要な種類が届かない」という現場の複雑な状況は、当面続く可能性があります。
よくある質問(FAQ)
Q. 今持っているメガネは使い続けられますか?
A. はい、すでに作製済みのメガネはそのまま使用できます。影響が出ているのは「新規の注文」と「保証期間内の交換」です。現在お手元のメガネに支障がなければ、焦る必要はありません。ただし、破損・紛失に備えて予備を用意しておくと安心です。
Q. 1.76レンズはいつ再開されますか?
A. 現時点(2026年5月)では各社とも再開の具体的な時期を明示していません。原料サプライヤーの設備・調達状況の回復次第となりますが、数週間ではなく数ヶ月単位の見通しで考えておくことが現実的です。
Q. 1.74や1.67レンズは今でも作れますか?
A. 現時点では1.74・1.67のレンズはまだ作製できるケースが多いとみられます。ただし、1.76から注文が集中することで在庫が減るリスクも指摘されているため、必要な方は早めに在庫状況を確認することをおすすめします。
Q. コンタクトレンズへの影響はありますか?
A. コンタクトレンズにもナフサ由来の原料が使われており、特にシリコーンハイドロゲル系の高機能レンズは供給チェーンが複雑です。現時点での大規模な欠品は報告されていませんが、2026〜2027年にかけて価格転嫁が起きる可能性が指摘されています。
Q. どのメガネ店に行けばよいですか?
A. 在庫状況は店舗やタイミングによって異なります。複数の店舗を訪問し、希望の屈折率レンズの在庫状況を確認するのがおすすめです。オンラインで注文する場合も、各チェーンの公式サイト上の「重要なお知らせ」等を事前に確認してください。
まとめ

| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 影響の原因 | ナフサ不足による有機硫黄化合物の調達難 |
| 最も影響が大きい品目 | 屈折率1.76・1.74の極薄レンズ |
| 現在の状況 | JINSが1.76を販売停止、OWNDAYSも遅延 |
| 今後の懸念 | 堺化学工業が7〜9月期以降の生産停止リスクを示唆 |
| 取るべき行動 | 強度近視の方は早めに在庫を確認・必要なら早期に注文 |
メガネは毎日の視界を支える生活必需品です。
「まだ使えるし今度でいいか」と先延ばしにすると、在庫が一層減った秋以降に困ることになる可能性があります。
特に度数が強く、薄型レンズへのこだわりがある方は、状況が落ち着くまでの間、代替屈折率(1.67や1.74)での作製も含めて、早めに眼鏡店に相談されることをおすすめします。

