中東情勢の緊迫化を背景とするナフサ不足が、私たちの暮らしを支える企業の経営基盤を直撃しています。
「原料が手に入らない」「仕入れ値が跳ね上がったのに販売価格に転嫁できない」——そうした声が全国の製造業や物流業から上がり始めており、倒産件数の増加という形で数字にも表れ始めました。
帝国データバンクの調査によれば、国内製造業の約3割にあたる4万6741社が、ナフサ不足に伴う「調達リスク」に直面する可能性があることが明らかになっています。
すでに倒産事例も出始めており、夏頃からさらに急増するとの懸念が専門家の間で広がっています。
この記事では、なぜナフサ不足が企業倒産につながるのか、どの業種・規模の企業が特に危ないのか、そして家庭生活への波及という観点から現状を整理します。
ナフサ不足が企業経営を直撃する仕組み

ナフサは産業の「川上」に位置する基礎原料
ナフサとは、原油を精製する過程で得られる石油留分で、プラスチック・合成ゴム・合成繊維・塗料・接着剤などあらゆる化学製品の出発点となる原料です。
家庭でいえば「電気・ガス・水道が同時に止まる」に近い影響を、製造業全体に与えます。
ナフサをナフサクラッカー(分解炉)で高温分解すると、エチレン・プロピレン・ブタジエン・ベンゼンなどの基礎化学品が生まれます。
これらがさらに加工されて、食品容器・梱包フィルム・建材・自動車部品・医療機器・日用品のほぼすべてをつくり出しています。
つまり、ナフサが不足すると、最上流の石油化学メーカーだけでなく、そこから原料を仕入れる加工業者、さらにその下の製品メーカー、包装資材メーカー、運送会社まで、連鎖的にコストが上昇・供給が滞るという構造になっています。
2026年ナフサショックの発端
2026年2月末、中東情勢の緊迫化によりホルムズ海峡が事実上の機能不全状態となりました。
日本はナフサ輸入の約74%を中東産に依存しており、国内民間在庫はわずか約20日分という薄い水準でした。
3月以降、国内のエチレン生産プラント(全国12基)のうち過半数が減産体制に追い込まれ、フル稼働を維持できているのは一部にとどまる状況が続いています。
ナフサ価格は国際市場でも急騰しており、この原料コストの上昇が川下の企業まで時間差で波及する形となっています。
4万6741社が直面する調達リスク
帝国データバンクは2026年4月、ナフサ由来の基礎化学製品(エチレン・合成ゴムなど)を製造する主要な石油化学メーカー52社を頂点として、1次・2次取引先までのサプライチェーンを調査・分析しました。
その結果、ナフサ関連製品の調達リスクに直面する可能性がある製造業は、全国で4万6741社にのぼることが判明しました。
これは、調査対象とした全国の製造業(約15万社)の約3割に相当します。
| 調査機関 | 調査内容 | 結果 |
|---|---|---|
| 帝国データバンク | ナフサ関連サプライチェーン分析 | 製造業約3割・4万6741社が調達リスクに直面 |
| 帝国データバンク | 中東情勢の経営影響アンケート(4月上旬) | 「マイナス影響がある」とした企業:96.6% |
| 帝国データバンク | 2月価格転嫁実態調査 | 価格転嫁率:42.1%(半数以上が転嫁できていない) |
この数字が示すのは、ナフサ不足の問題がもはや石油化学メーカーや化学品商社だけの問題ではなく、食品メーカー・建設業・包装資材業・運送業・小売業まで、きわめて広い業種に影響が及んでいるという現実です。
すでに始まっているナフサ関連倒産

プラスチック製品メーカーで初の倒産事例
ナフサショックの影響が色濃く反映された倒産事例として、奈良県橿原市のプラスチック成型加工メーカー「柏井産業株式会社」があります。
1974年設立で業歴50年以上。真空成型・熱板成型・射出成型によるプラスチック製品加工を主力とし、県内3工場で製造を手がけていた同社は、2026年3月31日付で事業を停止し、負債約13億円を抱えたまま自己破産申請の準備に入りました。
原材料(樹脂)の高騰による採算悪化が資金繰りを逼迫させたことが直接の要因とされています。
ナフサ由来の樹脂原料を主力素材とするプラスチック成型業は、原料コストが売上原価に占める割合が高く、価格転嫁がままならない中小メーカーにとっては直撃弾となります。
倒産件数の現状
帝国データバンクの集計によれば、2025年度(2025年4月〜2026年3月)の企業倒産件数は1万425件で4年連続の増加となり、2年連続で1万件を超えました。
2026年3月の単月倒産件数は943件で、14年ぶりに900件を超えました。
帝国データバンクは「夏頃から倒産が急増する懸念があり、2026年度は倒産がさらに増加する可能性が高い」と警告しています。
特に危険な業種・企業の特徴
価格転嫁できない川下の中小製造業
ナフサショックで最も倒産リスクが高いのは、原料コストの上昇分を販売価格に転嫁できない「川下の中小製造業」です。
大手メーカーは交渉力があり、ある程度のコスト上昇を取引先に転嫁できます。
しかし中小・零細メーカーは、発注元から「値上げ受け入れ不可」という形で圧力をかけられることが多く、コスト上昇分を自社で吸収せざるを得ないケースが少なくありません。
帝国データバンクの調査では、価格転嫁率は42.1%にとどまっています。
つまり、コスト上昇の半分以上を自己負担している企業が多数を占めているということです。
倒産リスクが特に高い業種・企業の特徴
| 特徴 | 理由 |
|---|---|
| プラスチック・樹脂加工業 | 主要原料がナフサ由来、原料コストの比率が高い |
| 食品容器・包装資材メーカー | フィルム・トレーなどの原料不足と価格上昇が直撃 |
| 建材・塗装・コーキング業 | 塗料・シーリング材・断熱材の原料コスト急騰 |
| 運送・物流業 | 燃料費の高騰が収益を直撃(軽油価格の急騰) |
| 印刷・包材業 | 包装フィルムの仕入れ値上昇が利益を圧迫 |
| 中小の下請け製造業全般 | 価格転嫁力が弱く、コスト増を自己吸収せざるを得ない |
運送・物流業への打撃
運送・物流業は、ナフサ不足の影響を「二重の意味」で受けています。
一つ目は燃料費の高騰です。
中東情勢の緊迫化を背景に軽油価格が大幅に上昇しており、燃料費が前年比3割上昇した場合、日本の運輸業者の約25%が赤字に転落するという試算もあります。
2025年度の道路貨物運送業の倒産はすでに321件と高水準で推移しており、帝国データバンクは今後も高水準が続く可能性が高いと指摘しています。
二つ目は輸送する「モノ自体」の減少リスクです。
川上のメーカーが減産・生産停止に追い込まれれば、運ぶ荷物自体が減り、売上が下がります。
物流ニーズはありながらも、燃料費上昇で収益が出ないという二重苦に陥るケースが増えています。
食品・飲料メーカーへの波及
食品・飲料メーカーが直接ナフサを使うわけではありませんが、「容器・包材」という形で影響を受けます。
卵パックや食品包装フィルムを製造するメーカーでは、原料価格の大幅上昇に加え、在庫が尽きれば生産ラインがストップするリスクを抱えています。
フィルムが供給されなければ、食品そのものが存在しても出荷できない事態になりかねません。
大手印刷・包材企業が食品・日用品メーカーへの包装材値上げを打診している事例も出ており、川下のメーカーのコスト構造に深刻な影響を与えています。
大企業と中小企業の明暗
同じ「ナフサ不足」という環境下でも、企業規模によって対応力に大きな差があります。
大企業の対応
資金力・情報力・交渉力を持つ大企業は、以下のような対策を比較的早期に実行できています。
- 代替調達先の確保:米国・オーストラリア・インドなど非中東産ナフサへの切り替え
- 在庫の積み増し:問題発覚直後に原料・部品を大量確保
- 価格転嫁の実行:取引先との交渉で一定のコスト上昇を製品価格に転嫁
- 製品の絞り込み:採算の合わない品番・SKUを整理し、主力製品への原料集中
中小企業が直面する現実
中小・零細企業には、大企業と同様の対策を取ることが難しい事情があります。
資金面:原料の先行買いをするには運転資金が必要です。しかし、もともと手元資金が薄い中小企業にとって、まとまった量の在庫を抱えることは資金繰りの悪化に直結します。
交渉力:発注元の大企業に対して、価格転嫁の交渉ができないケースがあります。2026年1月に中小受託取引適正化法が施行されましたが、帝国データバンクの調査では価格転嫁率は依然42.1%にとどまっており、制度だけでは即効性が限られています。
情報・人材:代替調達先の開拓や、ナフサ不使用素材への切り替えには専門知識と人材が必要です。中小企業では、こうした対応に充てられる経営資源が乏しい場合が多くなっています。
家庭生活への影響はどうなるか

製品の品薄・価格上昇
企業の倒産・生産縮小は、私たちの日常生活に使う製品の「品薄」や「価格上昇」という形で波及します。
プラスチック製品・食品容器・洗剤容器・建材・塗料など、ナフサを出発点とする製品はきわめて広い範囲に及びます。
製品によっては入手困難になったり、価格が大幅に上昇したりする可能性があります。
リフォーム・設備工事への影響
住宅設備のリフォームや設備工事を検討している方にとっては、建材や配管材の価格上昇・納期遅延という影響が現実味を帯びてきます。
断熱材(ポリスチレンフォーム)・塩ビ管・コーキング材・塗料など、ナフサ由来の建材は工事費の中に占める割合が高く、2026年春以降の見積もりは従来比で相応に上乗せされる可能性があります。
工事を検討している場合は、早めに複数業者から見積もりを取得することが重要です。
食品・日用品の価格
食品包装材の供給が滞れば、スーパーの店頭に並ぶ食品の種類や数量が影響を受ける可能性があります。
また、洗剤・シャンプー・日用消耗品なども、ボトル・容器・原料の両面からコストが上昇しており、値上がりの波は今後も続くとみられています。
政府の対応と今後の見通し
政府の現状認識と対策
政府(経済産業省)は、中東情勢によるナフサの供給不安について「輸入ナフサと中間製品を合わせて国内需要4か月分を確保できている」としており、冷静な対応を呼びかけています。
代替調達については、米国・オーストラリア・インド・アルジェリアなど非中東地域からの確保を進めており、2026年5月時点で代替調達率が約6割に達したとされています。
また、米国からのナフサ輸入は5月に前年比約4倍規模まで拡大する見込みとされています。
中小企業が取れる対策
企業倒産の増加は、取引先の突然の経営破綻という形で、家庭にも間接的な影響(工事業者の廃業、取扱製品の製造終了など)を及ぼします。
日頃から複数の取引先・仕入れ先を確保しておく体制づくりが改めて重要になっています。
企業側の視点では、以下の対策が有効とされています。
原材料調達の多元化
- 国内外の複数サプライヤーからの分散調達
- 非ナフサ系素材・リサイクル素材への代替検討
- 調達先の地域・国の分散
財務体質の強化
- 運転資金の確保(政府系金融機関の融資制度の活用も含む)
- キャッシュフローの見える化と早期異常検知
価格転嫁の推進
- 中小受託取引適正化法(2026年1月施行)の活用
- 取引先との協議・情報共有の強化
よくある質問(Q&A)
Q. ナフサ不足で倒産する企業は、どのような業種が多いですか?
A. プラスチック成型・樹脂加工メーカーなどナフサ由来の原料を直接使う製造業のほか、食品容器・包装資材・印刷業・運送業・建材・塗装業など幅広い業種に影響が及んでいます。特に価格転嫁力が弱い中小・零細企業でリスクが高いとされています。
Q. 今後、倒産はさらに増えると予想されていますか?
A. 帝国データバンクは「2026年夏頃から倒産が急増する懸念がある」と警告しています。2025年度の倒産件数はすでに4年連続で増加しており、ナフサ不足が本格的に企業経営に影響を与え始める夏以降、さらに増加する可能性があります。
Q. 大企業と中小企業では、ナフサ不足への対応力に差がありますか?
A. 大きな差があります。大企業は代替調達先の確保や価格転嫁交渉、在庫の積み増しなどの対策を早期に実施できています。一方、中小・零細企業は交渉力・資金力・情報力に限界があり、コスト上昇を自己吸収せざるを得ないケースが多く、倒産リスクが高い状況です。
Q. 家庭生活への影響として、具体的に何が起きる可能性がありますか?
A. 食品容器・洗剤・日用品などのプラスチック製品の価格上昇や品薄、住宅リフォームや設備工事の費用上昇・納期遅延、工事業者の廃業による対応業者の減少などが考えられます。早めに施工業者に相談し、見積もりを取っておくことをおすすめします。
Q. 政府はどのような対応をしていますか?
A. 経済産業省のタスクフォースが安定供給確保の方針を策定・実行中です。輸入ナフサと中間製品を合わせて国内需要4か月分を確保、非中東地域(米国・オーストラリアなど)からの代替調達も進めており、5月時点で代替調達率が約6割に達したとされています。ただし、中小企業への価格転嫁支援など、経営面での直接支援の強化が課題として指摘されています。
まとめ

ナフサ不足が企業倒産に直結する理由は、石油化学製品のサプライチェーンが産業の根幹を広く貫いているためです。
4万6741社という帝国データバンクの数字は、影響が特定の業種だけにとどまらず、日本の製造業全体に及ぶ問題であることを示しています。
この記事のポイント
- 国内製造業の約3割・4万6741社がナフサ不足による調達リスクに直面(帝国データバンク)
- プラスチック成型加工業での倒産事例がすでに発生
- 2025年度倒産件数は1万425件で4年連続増加。夏頃からのさらなる急増が懸念されている
- 価格転嫁率は42.1%にとどまり、コスト上昇を自己吸収せざるを得ない中小企業が多数
- 政府は国内需要4か月分を確保、代替調達率約6割に到達。ただし中小企業への影響は継続中
- 家庭生活への影響は、食品・日用品の値上がり、住宅リフォームコストの上昇という形で現れている
企業倒産の増加は、日用品・食品・建材などの供給に影響し、家庭の暮らしとも無縁ではありません。
信頼できる取引先や施工業者との関係を早期に確認しておくことが、この状況下での現実的な備えといえるでしょう。

