「灯油の化学式は何ですか」と聞かれて、すぐに答えられる方は、そう多くないでしょう。
理科の授業で、水はH2O、二酸化炭素はCO2と習いましたが、灯油となると、記憶にないのではないでしょうか。
実は、それも無理のないことです。
灯油には、「これ」と決まった化学式がありません。
さまざまな分子が混ざり合った、混合物だからです。
この記事では、灯油の成分を、炭素の数や分子の種類から整理し、化学式が一つに決まらない理由、代表としてよく使われる式、燃えるときに起こる反応、そして規格が「成分」ではなく「性質」で決められている理由まで、順を追って説明していきます。
灯油は、炭化水素の混合物
灯油の成分を一言で表すなら、炭化水素の混合物です。
炭化水素とは、炭素(C)と水素(H)だけでできた化合物のことです。
灯油は、炭素の数がおよそ9個から15個の炭化水素が、たくさん混ざったものとされています。
なかでも、炭素が11個から13個のものが中心です。
水なら、どの一滴を取っても、H2Oという同じ分子です。
これに対して、灯油の一滴には、炭素の数も、形も違う分子が、何十種類、何百種類と入っています。
そのため、灯油全体を、一つの化学式で書き表すことはできません。
「灯油の化学式」という問いに、決まった答えがないのは、このためです。
純物質と混合物の違い
ここで、純物質と混合物の違いを整理しておきましょう。
| 項目 | 純物質(例:水) | 混合物(例:灯油) |
|---|---|---|
| 分子の種類 | 1種類 | 多数の種類が混ざる |
| 化学式 | 1つに決まる(H2O) | 1つには決まらない |
| 沸点 | 一定(水は100℃) | 幅がある(灯油は約145〜270℃) |
| 性質 | いつ、どこでも同じ | 原油や製造の条件で、わずかに変わる |
灯油の沸点が、決まった一点ではなく、幅を持っているのは、混合物だからです。
軽い分子から先に蒸発し、重い分子はあとから蒸発していきます。
この性質を利用して、原油を加熱し、沸点の範囲ごとに切り分けているのが、石油の精製です。
原油から「沸点の範囲」で切り出されている
灯油は、原油を加熱して、蒸留することで作られます。
原油には、軽いものから重いものまで、さまざまな炭化水素が含まれています。
これを蒸留塔で温めると、沸点の低いものから順に、気体になって取り出されます。
灯油は、この途中の、およそ145℃から270℃のあいだで、取り出される部分です。
ガソリンより重く、軽油より軽い、中間の部分にあたります。
炭素の数と沸点を、並べてみましょう。
| 油の種類 | 炭素数の目安 | 沸点の範囲の目安 |
|---|---|---|
| ガソリン | 約4〜10 | 約30〜200℃ |
| 灯油 | 約9〜15 | 約145〜270℃ |
| 軽油 | 約10〜20 | 約180〜350℃ |
炭素の数が増えるほど、分子は大きく重くなり、沸点も高くなります。
灯油は、ガソリンと軽油の中間にあるため、燃えやすさも、ほどよい位置にあるわけです。
ガソリンとの違いは、灯油とガソリンの違いでも整理しています。
灯油を構成する、3種類の炭化水素
同じ炭化水素でも、炭素のつながり方には、いくつかの型があります。
灯油に含まれるのは、おもに次の3種類です。
| 種類 | 分子の形 | 特徴 | 灯油での役割 |
|---|---|---|---|
| パラフィン系 | 炭素が鎖のようにつながる | すすが出にくく、きれいに燃える | 灯油の主体 |
| ナフテン系 | 炭素が環の形になる | 燃えやすさは中間 | 一部に含まれる |
| 芳香族系 | ベンゼンの環をもつ | すすが出やすい | 少なめに抑えられている |
パラフィン系が多いほど、すすの出にくい、きれいな燃え方になります。
逆に、芳香族系や重い成分が多いと、燃やしたときに、すすが出やすくなります。
家庭の暖房に使う灯油は、すすの少なさが大切なので、パラフィン系を主体にしたものが選ばれているのです。
代表としてよく使われる「C12H26」
とはいえ、「だいたいこんな分子」という目安がないと、反応式も書けません。
そこで、灯油の代表として、炭素が12個の分子、C12H26(ドデカン)がよく使われます。
炭素数11〜13の中心に近く、計算にも便利だからです。
ただし、これは、あくまで「代表の一例」です。
実際の灯油が、すべてC12H26でできているわけではありません。
その証拠に、水素の割合を比べてみましょう。
| 項目 | 水素の質量の割合 |
|---|---|
| C12H26(ドデカン)の計算値 | 約15.4% |
| 実際の灯油 | 約14% |
実際の灯油は、水素の割合が少し低めです。
これは、水素の少ない、環の形をした分子(ナフテン系や芳香族系)が混ざっているためと考えられます。
鎖だけの分子なら15%を超えるはずが、環状のものがあるぶん、下がっているわけです。
化学式が一つに決まらないことが、数字の面からも見て取れるでしょう。
燃えると、何が起こるのか
灯油が燃えるときの反応を、C12H26を代表にして、式にしてみます。
C12H26 + 18.5 O2 → 12 CO2 + 13 H2O
灯油が、酸素と結びついて、二酸化炭素と水ができる反応です。
完全に燃えたときは、これだけで、有害なものはほとんど出ません。
式から分かるのは、次の2点です。
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 水ができる | 灯油1リットルが燃えると、約1リットルの水(水蒸気)ができる |
| 酸素を多く使う | 燃やすには、たくさんの酸素が必要になる |
灯油ストーブを使うと、窓に結露がつきやすいのは、この水蒸気のためです。
さらに、酸素が足りなくなると、完全に燃えずに、一酸化炭素ができてしまいます。
暖房に灯油を使うときは、定期的な換気が欠かせないのは、こうした理由があるからです。
灯油1リットルが燃えると、何がどれだけ出るのか
反応式が書けると、燃やしたときの量も、概算できます。
C12H26を代表にして、灯油1リットル(質量を約0.8kgとします)で計算した結果が、次の表です。
| 項目 | 1リットルあたりの概算 |
|---|---|
| 燃える灯油の質量 | 約0.8kg |
| 使われる酸素 | 約2.8kg |
| できる二酸化炭素 | 約2.5kg |
| できる水 | 約1.1kg(約1.1リットル) |
使われる酸素の約2.8kgは、空気に直すと、約10立方メートルぶんにあたります。
灯油ストーブを閉め切った部屋で使い続けると、酸素が減っていくのは、この計算からも分かるでしょう。
また、二酸化炭素の約2.5kgという数字は、公的に使われる排出量の目安ともほぼ一致します。
灯油という、一つに決まらない混合物でも、代表を決めて計算すれば、現実に近い数字が得られるわけです。
規格は「成分」ではなく「性質」で決められている
灯油には、JIS(日本産業規格)で、品質の基準が定められています。
ただ、その基準は、「何がどれだけ入っているか」という成分ではなく、「どんな性質か」で決められています。
成分が一つに決まらないため、性質で品質を管理するのが、現実的だからです。
家庭用の1号灯油の主な基準を、整理します。
| 項目 | 基準(1号灯油) | 意味 |
|---|---|---|
| 引火点 | 40℃以上 | 常温では、火が近づいても燃え広がりにくい |
| 95%留出温度 | 270℃以下 | 重い成分が多すぎず、きれいに燃える |
| 煙点 | 23mm以上(寒い時期用は21mm以上) | すすが出にくい |
| 硫黄分 | 0.0080質量%以下 | 排気ガスの有害成分が少ない |
| 色(セーボルト色) | +25以上 | 無色透明に近い、きれいな状態 |
引火点が40℃以上と決められていることで、灯油は、ガソリンよりずっと安全に扱えます。
その仕組みや、火が付くメカニズムは、灯油の引火点と発火点で詳しく解説しています。
白灯油と茶灯油は、規格の違い
灯油には、JISの規格で、1号と2号があります。
家庭の暖房で使う、無色透明に近い灯油は、1号灯油で、一般に白灯油と呼ばれます。
2号は、石油発動機などに使われる灯油で、茶灯油とも呼ばれます。
ただ、現在、家庭向けに売られているのは、ほとんどが白灯油です。
| 項目 | 1号(白灯油) | 2号(茶灯油) |
|---|---|---|
| 主な用途 | 暖房、調理、給湯 | 動力、溶剤、機械の洗浄 |
| 95%留出温度 | 270℃以下 | 300℃以下 |
| 硫黄分 | 0.0080質量%以下 | 0.50質量%以下 |
| 煙点 | 規定あり | 規定なし |
2号は、硫黄分も多く、重い成分も含むため、すすが出やすくなります。
家庭用のストーブやファンヒーターには、必ず1号の白灯油を使いましょう。
硫黄分が少ないのは、精製の工夫のおかげ
原油には、もともと硫黄が含まれています。
そのまま燃やすと、硫黄酸化物ができて、大気を汚し、機器の腐食の原因にもなります。
そのため、家庭用の灯油は、水素を加えながら熱する処理で、硫黄を取り除いています。
硫黄分の上限は、1996年に、150ppmから80ppmへ引き下げられました。
いまの白灯油は、硫黄分が非常に少ないことが、きれいな燃え方を支えています。
成分を知ると、扱い方の理由が分かる
成分や性質を知っておくと、灯油の扱い方の「なぜ」が、見えてきます。
| 注意点 | 成分から見た理由 |
|---|---|
| 直射日光を避ける | 光や熱で酸化が進み、変質しやすい成分があるため |
| 古い灯油を使わない | 酸化して、色やにおいが変わり、すすや故障の原因になる |
| ガソリンを混ぜない | 引火点が大きく下がり、危険になる |
| 軽油や重油を混ぜない | 重い成分が増え、すすが出やすくなる |
| 十分に換気する | 燃えると水と二酸化炭素が出て、酸素も減るため |
とくに、ほかの油を混ぜることは、成分のバランスを崩して、安全性を損ないます。
灯油の密度や比重の考え方は、灯油の比重と密度にまとめています。
家庭で、灯油の成分を見分けることはできるのか
成分を分析するには、専用の装置が必要で、家庭で調べることはできません。
ただ、見た目やにおいで、「いつもの灯油と違う」と気づくことはできます。
| 確かめること | 正常な状態 | 異常のサイン |
|---|---|---|
| 色 | ほぼ無色透明 | 黄色や茶色に変わっている |
| におい | 灯油特有のにおい | 酸っぱいにおい、ツンとするにおい |
| 濁り | 澄んでいる | 白く濁る、浮遊物がある |
異常を感じたときは、ストーブやファンヒーターに入れずに、販売店に相談してください。
成分が崩れた灯油を使うと、すすが出たり、機器の故障につながったりするおそれがあります。
「灯油の化学式は?」と聞かれたときの答え方
学校の課題や、お子さんの質問などで、灯油の化学式を聞かれることもあるでしょう。
そんなときは、次のように答えると、正確です。
「灯油は、炭素の数がおよそ9〜15個の炭化水素の混合物なので、化学式は一つに決まりません。
計算に使うときは、代表として、C12H26が用いられることがあります。」
「C12H26です」とだけ答えてしまうと、混合物であるという大事な点が抜けてしまいます。
一つの式で言い切れない、という事実こそが、灯油という物質の特徴を表しているのです。
ガソリンや軽油も、同じように、炭化水素の混合物であることを、あわせて覚えておくとよいでしょう。
よくある質問
Q1. 灯油の化学式は、何ですか?
一つには決まりません。
炭素の数がおよそ9〜15個の、さまざまな炭化水素が混ざった混合物だからです。
計算では、代表としてC12H26が使われることがあります。
Q2. 灯油の主な成分は、何ですか?
炭化水素です。
炭素と水素だけでできた化合物で、パラフィン系が主体、ほかにナフテン系や芳香族系が含まれます。
Q3. 灯油は、何℃で蒸発しますか?
決まった温度はなく、およそ145℃から270℃の幅があります。
軽い成分から順に、蒸発していきます。
Q4. 灯油が燃えると、何ができますか?
十分な酸素があれば、二酸化炭素と水ができます。
灯油1リットルで、約1リットルの水ができるといわれ、窓の結露の原因にもなります。
Q5. 白灯油と茶灯油は、何が違いますか?
規格の違いです。
白灯油は1号で、暖房などの家庭用です。
茶灯油は2号で、硫黄分が多く、動力などに使われます。
まとめ
灯油の成分と化学式の要点を、最後に整理します。
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 灯油とは | 炭素数およそ9〜15の、炭化水素の混合物 |
| 化学式 | 一つには決まらない。代表例はC12H26 |
| 沸点 | およそ145〜270℃の幅がある |
| 成分の種類 | パラフィン系が主体で、ナフテン系・芳香族系を少し含む |
| 燃焼 | 二酸化炭素と水ができる。換気が欠かせない |
| 品質の管理 | 成分ではなく、引火点や煙点などの性質で決められている |
まずは、普段使っている灯油が、「白灯油(1号)」であることを、販売店の表示で確かめてみませんか。

